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心配する、ということ [身辺雑記]

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田口ランディさんという作家がいます。

まだ作品を読んだことはないのですが、エッセイなどを読むと、その感覚にとても共感できます。

最近では、生協の機関誌に書かれていた「心を配る」という一文。

相手を心配する、という行為について…相手を思って心配しているように見えて、実は不安をあおっているだけではないか?と。



そうか、私が母から心配されるのがすごく嫌だったのはこれだな、とストンと落ちました。

あなたが心配よ、というのは実は自分が安心していたいことの裏返し。



その文では、今の世の中、心配する人ばかりで、お互いに不安を煽ってどうするの、と書かれています。
そして、風邪をひいて寝込んだ人に差し入れを持っていくとか、電車で席を譲るとか、具体的な行為で安心させるのが心配・・・つまり「心を配る」ことではないか、と。


もちろんいわゆる心配されることがうれしい人もいるし、私も相手によっては心配してたと言われると、あ~気にかけててくれてたんだ、と気持ちが暖かくなることもあります。

でも、心配よ、とばかり言うのではなく、大丈夫、いいこともたくさんある、と安心させるような言葉をかけたい、そして具体的な行動ができるようになりたいと、この文章を読んでいて思いました。




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