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母の日に… [身辺雑記]

母の日に思ったこと・・・。

母になってみると、母の日に子どもが何かしてくれても、くれなくてもどちらでもいい・・・そりゃ、何かしてくれれば嬉しいけど、何もないからだめということもない。

次女は夫婦で可愛いフラワーアレンジメントを数日前に届けてくれた・・・とても嬉しかった・・・「これからもお世話になります」というメッセージが響いた(笑)

息子はメールでメッセージ・・・いつもありがとう、と言われても、ほとんど一緒にいないわけだし(笑)

長女は夜、11時57分にメールをくれていた・・・寝ていて気づかなかった(ゴメン!)


子どもは親を超えなければ・・・親より幸せにならなければ・・・親になって思ったのはこれです。
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我が師 [身辺雑記]

自分がどういう師についているか、名前を出さないのはおかしいような気がします。

師が出すなという場合は別として、師に気をつかって名前を出さないのはおごりではないか?

そんな意味で、私は声を大にして言います。

今、私は武術を田中正納師について習っています。

なぜ急にこんなことを思ったかというと・・・このブログを読んでくださる中にもいらっしゃる、田中師と手を合わせた方たちはわかると思うけれど、師はとんでもない技と力と心を持っています。

師が、世に出たい、広めたい、と言いながらもなかなか広く知られないのはむしろそのすごさと謙虚さゆえだし、力だけを求めると誰もが身につけていいものではないからかもしれない。

勝ち負けを争うレベルを超え、老若男女誰でも楽しめる、健康にも良くて生涯続けられる武術(その意味で、私は広告塔になれるかもしれない・・・)を広めたいという、田中師の志は高い。

田中師は今、これまで身につけてきた様々な武術・・・たとえば柔道や空手や形意拳や意拳といった・・・わざを一度手放し、新たに詠春拳という技を組み入れてシャッフルして自分のものにしています。

それは、心理療法でいえば再構築やりフレーミングなど、とても勇気とエネルギーとパワーを必要とすることです。

私のような未熟者が見ても、ものすごく生意気を承知で言わせていただけば、あに弟子たち、心眼流や少林派空手の達人でもそれぞれが身につけてきた技や型を離して詠春拳を使うことはとても難しい(と思う)。

私などまったくのド素人で土台も何もないと、むしろ言われるままにしか動けない。

田中師は、今まで身につけたものに足していくのではなく、一度壊し、捨てて、作り直す、と言います。

この大変さは、心理療法でいう「自己変容」の大変さと同じだと思います。

頭ではわかっていても、本当に変わることは難しく、だからこそ真に変われた時の素晴らしさは半端ではありません。

それができた田中師はすごい!

そういえば昨年、私が弟子入りを許された時、「師は田中、田中に習っていると名乗っていい」、と言われました。

その意味がわかる気がします。

ちなみに、私の心理療法の師は植村高雄師(http://blog.goo.ne.jp/cull-tntu)、太極拳の師はあらいじゅん師(http://plaza.rakuten.co.jp/hakofugu7/diary/)です。



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怒りも、悔しさも、嫉妬も・・・ [メインテーマ]

昨日はなんだか一日中、「感情」について考えた日でした。

昼間話した友人の言葉から、その人は感情をわきに置いて「考えて」行動しているな・・・と感じました。

感情をおさえて「考え」だけで行動していると、身体症状があらわれてきます。

「感じて」いることを相手にうまく伝えることも大事です・・・難しい時もありますが。


夜話した友人は逆に、自分の感情をすべて受け入れている人でした。


人間にはさまざまな感情があります・・・喜び、楽しさ、嬉しさ、愛、悲しみ、怒り、悔しさ、嫉妬・・・感情の曼荼羅と言われるほどにたくさんの感情があり、その感情があるからこその人間です。

そんな感情の曼荼羅を抱えた、まるごとの存在が自分です。

時にはその感情ゆえに苦しい時もあったり、やり場のない感情をもてあますこともあったり・・・。

怒りや嫉妬など、そのまま相手にぶつけてはまずいこともありますが、その感情をもつこと自体は決して悪いことではありません。

怒りがエネルギーになることもあるくらいです。

そのままぶつけることがまずい感情は、昇華させればいいだけです。


私自身、自分の感情にあまり目を向けずに生きてきました。

自分の中のさまざまな感情に本当に気づき、認められるようになったのは、武術を始めてからです。

武術の相手は自分を正面から、嘘偽りなく映しだしてくれる存在になります。

そのままの自分をぶつけたとき、否定することなく、それでいい、と受けとめてもらえて、自分の感情を自分でも受け容れることができます。


さまざまな感情が生まれるのは、何かに執着しているためでもある・・・執着し、とらわれているから、怒りや嫉妬も生まれる・・・。

執着をやめ、捨てたり、手放すことで、怒りや悲しみは軽減され、楽になることも確かです。

でも、そういったものを手放し、聖人のようになっても、人間味がなくなって面白くないんじゃないかな・・・。


参考 ≪手放すということ≫http://michaela.blog.so-net.ne.jp/2006-10-22



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自信・・・ある? [総合]

私は自分に自信がありません。

子どもの時からそう・・・どちらかというとデキのいい、良い子で、「おまえはダメだ!」と言われたこともなく、むしろ母からも褒められることの方が多かったはずなのに、なぜか自信がありませんでした。

通知表に書かれることといったら、「もっと積極的に」。


自信って、どうしたらできるんでしょうね。

それでいいよ、と認めてもらえる経験が積み重なるとできるのかな。

でも、周りを見渡して、自信満々な人ってむしろ鼻についたりする・・・。

そういう自信満々な人も、実はコンプレックスの裏返しで、虚勢をはってたり・・・。

いろいろ考えていると、傍から見て本当にすごい人って、逆に淡々として、自信があるとかないとかなんて気にしてないようにも思えます。

自信がない・・・と気にしてしまう時って、周りと比べていたり、周りからどう見えているだろう、と思っている時かもしれない・・・。

周りからの見え方が気になるのは、良く見せたい、良い人に思われたい、嫌われたくない・・・なんて想いがたくさんあるから。

私はデキる!と思いたいのもやっぱり周りと比べているから・・・。

自分は自分、人と比べることなく、良い意味で周りからの評価を気にすることもなく、来るものを淡々とこなしながら自然体でいる・・・。

そう、自然体でいられるのがいちばんいいのかもしれません。

気負うことなく、ぶつかってくるものがあればやわらかく受け止めて流す・・・。

なんだか禅みたいだけど、やっぱり自然体を目指すのがよさそうです。


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小さな親切、大きなお世話 [総合]

人にやさしく、人には親切に、人の役に立つように・・・素敵ですね!

でも、頼んだ以上のことをしてくれようとして、かえって話がややこしくなってしまうこともあるのです・・・。

誰かに頼みごとや相談をされた・・・役に立ちたい、何かしてあげたい!

その気持ちは素晴らしいのですが、さてじっくり眺めてみると、その裏にあるものは?

何かしてあげている「私」・・・。

ありがとうと言われている「私」・・・。

いい人、と言われている「私」・・・。

無意識かもしれないけど、そんな「私」を確認できて、自己の存在を実感できる・・・。


本当に無償の好意ならいいのですが、「自己愛」からでたお世話は、無視されたり、感謝がなかったり、相談されなくなった時、自他共に傷つきますよ・・・。



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